太郎は漁師だった。
自分で作った、ちっぽけな舟を漕いで沖へ出て、魚を獲って暮らしていた。
毎日、夜明け前から日が暮れるまで漁に出て、
海がしけて漁に出られない日は餌を集め、
そして夜は漁に使う道具の手入れをし・・・・・・
それでも太郎の生活は決して豊かではなかった。
*
ある日、太郎はいつものように漁に出ていた。
ここ数日全く魚が獲れず、今日こそはと沖へ出たのだが、やはり今日もさっぱりだった。
昼過ぎになって、やっと何かが掛かった。
しかし掛かったのは目当ての魚ではなく、一匹のヒトデだった。
食べられないヒトデを獲ってもしょうがないので、仕掛けをはずし海に戻した。
しばらくして、また何かが掛かった。
またヒトデだった。
太郎は仕掛けをはずし海に戻した。
さらにしばらくたって、何かが掛かった。
しかしまたもやヒトデだった。
このままではヒトデに餌を全部食べられてしまう。
太郎は持っていたナイフでヒトデの5本の足と胴体を切断し、海へ投げ捨てた。
*
次の日も太郎は漁に出た。
しかし今日も魚は掛からず、掛かるのはヒトデばかりであった。
しかも今日は何匹もかかった。
太郎は獲れたヒトデをすべて細かく切断し、海へ投げ捨てた。
*
さらに次の日、ヒトデは次から次へとひっきりなしに掛かった。
太郎はそのたび、これでもかとヒトデを細かく切り刻み、海へ投げ捨てた。
*
その夜、太郎は夢を見た。
一匹のヒトデが、ふと、太郎の枕元に現れ、
「仲間を増やしてくれてありがとう。これはほんのお礼です。」
といって消えていった。
次の瞬間、突然の息苦しさに目をさますと、太郎は海の中にいた。
もがきながら回りを見ると、無数のヒトデが太郎を幾重にも取り囲んでいた。
ヒトデは太郎めがけて集まり、体じゅうにはりつき、そしてあっという間に首と手足が切断された。
一瞬の激痛のあとの次第に遠のいていく意識の中で、
太郎は、目の前に漂う自分の手足の切り口から、体が再生していくのを見たような気がした。
1991.8.7 宮原春萌
<『Crazy Garden #6』(Usen440:(株)大阪有線放送社、1991.8.15 / 8.22放送)>
●解説●
大阪有線(Usen440)の『Crazy Garden』(詳しくは
「虎のバター」の解説を参照)のために書いた脚本の6本目。1991年の8月7日と15日に放送された。
式辞の原稿等しゃべるための文章を書いた経験がある方はお分かりだろうが、声だけで伝える文章を書くのは意外に難しい。文の構造はシンプルにしなければならないし、単語の区切り方にも気を配らなければならない。「市立」と「私立」のような音声だけでは伝わらない言葉への対策も必要になってくる。だが間の取り方や抑揚など音声ならではの利点もあるわけで、そこに音楽を絡めれば〔※1〕更に面白くなるのではないかというのが、この『Crazy Garden』の契機である。ただ「絡める」といっても当時はまだオープンリール〔※2〕で録音していた時代。スタジオの使用時間の制約もあり、複雑なことは一切出来なかったのであるが。
この作品で「絡めた」音楽は以下の4曲。いや、最後の曲は完全にエンディングとして使っているので正確には3曲と言うべきか。
・King Tubby Meets The Rockers Uptown / Augustus Pabro
・Off The Beaten Track / African Head Charge
・Martian Encounter / Prince Jammy
・When A Man Loves A Woman / Red Cloud
音楽に明るい方はお気づきの通り、この回はダブ〔※3〕特集。ベースの反復とディレイ・エフェクトが特徴のダブからこのストーリーが生まれたことは、聴けば誰もが納得のはず。
当時はミュート・ビート人気の余波でダブが盛り上がっており、1曲目のオーガスタス・パブロなども毎年のように来日していた。で、ダブとこの文章をどう絡めたのか。放送された作品をお聴かせしたいところなのだが、著作権、著作隣接権上ネットへのアップは無理。脚本と曲目リストの掲載しか出来ないのが残念である。
この作品の主題はもちろん環境問題。ただしチョイと隠し味を効かせている。
隠し味なのだからココでばらすのは無粋というものであろう。でもヒント:ヒトデは「人手」とも書く。
(2007.9.28)
〔※1〕実際には音楽のイメージが先にあり、そこから文章を書いていくことが多かったので、「文章に音楽を絡めた」ではなく「音楽に文章を絡めた」と表現した方が正しいかもしれない。
〔※2〕
ウィキペディアに詳しい説明と写真がある。コレを操るのはもちろんプロのPA。目にもとまらぬ手捌きでテープを切り貼りしていく職人芸は、感動的ですらあった。
〔※3〕ダブについては次のサイトの説明が分かりやすい。
『Surfin' On Sinewaves』>ジャンル解説>Others>ダブ
(直リン)