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「バルサン焚いてです」


長梅雨だったせいか今年はダニが大量発生。自身に被害が及ぶに至りバルサン使用を決意する。
寝室兼DJ部屋。仕事場兼居間。台所兼物置。3つの部屋にバルサン設置。
煙が入ってこないように戸を閉めて、玄関兼応接間に退避した。

この部屋には大小5つの水槽が置いてあり、採ってきた川魚やエビや貝、そして買ってきた熱帯魚を飼っている。応接の演出という目的も勿論あるが、オレが水 棲動物を飼う真の目的は他にある。
(本来はじめに説明すべきことだと思うが、長くなるので別の機会に譲ることにする)

とにかく水槽のある部屋に煙を入れる訳にはいかない。
オレは嗅覚が人並み外れて弱いので、煙が漏れてない事を目で確認しながら待つこと30分。
そして部屋を閉めたまま街に出た。

深夜帰宅。
そして次の日、いつものように水槽を覗くと・・・、
水槽の底に赤い沈殿物が・・・・。
累々と横たわるヌマエビ〔※1〕の死骸である。(エビは死ぬと赤くなる)

他の水槽もやはりエビが死んでいる。
約40匹の熱帯魚は1匹だけ死亡。約30匹の川魚・金魚と推計不能の貝は全員無事。
それなのに推計300匹、ヌマエビだけが死んでしまったのである。



熱帯魚屋の水槽ではよくヌマエビが死んでいる。しかしあれは熱帯魚屋という賑やかな環境に向いてないというだけで、ヌマエビは落ち着いた環境で飼えば滅多 に死なない。つまり丈夫なのだ。

しかしヌマエビだけが死んでしまった。
閉めた扉の隙間からわずかに漏れたバルサンの煙で、300匹のヌマエビだけがほぼ全滅してしまった。

確かにバルサンは殺虫剤だ。薬局でないと扱えない強力な殺虫剤だ。
だがまさか隙間から漏れたぐらいの微かな量でやられてしまうとは・・・・・・。
これだったら池のほとりでバルサン1個焚くだけで、池のヌマエビは全滅してしまうだろう。



実はこのようなことはしょっちゅう起きているのかもしれない。
魚が大量死すれば騒ぎになりニュースになる。
しかし小さなヌマエビが大量死しても誰も騒がない。
気付きさえしないだろう。

だがこういった無数の小さな生物も、いや小さな生物の方が自然界では重要なのだ。
鮎が消えれば自然は変わってしまう。
蛍が消えても自然は変わってしまう。
だがヌマエビが消えたら、自然は壊れてしまうかもしれない。

ヌマエビは水中のコケや水草、そして枯葉や死骸を食べている。
そのヌマエビを小さな魚や虫が食べている。
その小さな魚や虫を大きな魚が食べている。
そして、大きな魚はやがて死ぬ。
ある死骸は微生物が分解し、養分になり、植物の栄養になる。
そしてある死骸はヌマエビが食べ、そのヌマエビをまた小さな魚や虫が食べる。

すべての生き物は自然の循環の中で生きている。
もちろん人間も例外ではない。
すべての生き物は自然の循環の中で役割を持っている。
そして小さな生き物になればなるほど重要な役割を持っている。
教科書にも書いてある基本だ。



実際に飼ってみるとよく分かる。
ヌマエビや巻貝がいないと、枯れた水草や魚の糞はそのまま残り、水はどんどん汚れていく。汚れがひどくなれば魚も死に、死んだ魚はそのまま腐り、ますます 水が汚れてしまう。そうしてやがて、水槽はドブのようになってしまう。
それを防ぐためには強力な浄化装置が必要になる。

逆に水草とヌマエビと巻貝を入れたバケツを外に出しておく。
うまくバランスがとれると、いつまでたっても水は汚れない。〔※2〕
水草。ヌマエビ。巻貝。自然に湧いてくるミジンコや虫の幼虫。目には見えないけど多分無数に発生している微生物。そして何よりも重要な太陽の光。
小さなバケツの中で自然の循環が出来てしまうのだ。



鮎、メダカ、蛍、トンボ、・・・・・・人気のある種はすぐ騒がれる。保護を訴える人、活動する人も数多い。
だがヌマエビの保護は誰も訴えない。減っているかどうかの調査さえされていない。
本当は真っ先に保護するべき生き物だというのに・・・。

幸いなことに今のことろヌマエビは健在だ。
ドブ川でなければ全国どこにでもいる。
釣り用の生餌として100グラム単位で売られる程に大量にいる。

しかしこのありふれた生き物は、ある日突然全滅してしまうほど環境の変化に弱いのだ。
バルサンの犠牲になった300匹のヌマエビは、尊い命と引き換えに、オレにそう教えてくれたのだ。

その教えを無駄にしないこと。
オレに出来る償いは、ただそれしかない。


2003.8.6 宮原春萌(identity market / SynSekai)



〔※1〕ヌマエビ・・・・・・日本全国どこの川や池にも住む2~3センチの透明なエビ。「コケ取り用」などと考えて飼うとすぐ死ぬこともあるらしいが、本来はバケツに水草を入れただけでも飼えるほど丈夫である。ウチで飼っているのは水槽の中でも増えるミナミヌマエビという種類

〔※2〕正確に言うと「生き物が住める程度に汚れる」。本当にきれいな水に生き物は住めないのだ。


●備考● 「裏凡identity market」からの転載。転載にあたり一部手直ししました。(2004.5.2)



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