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熟蔵

「防波堤と海辺の生き物たち」

暦の上では秋になろうかという、ある晴れた昼下がり。照りつける太陽はまだ真夏のそれと幾分も違わず、ジリジリと防波堤のコンクリートを焦がしていた。
風は全く吹かず、人気(ひとけ)のない防波堤は静まりかえり、太陽に熱せられてのびてしまった時間が、のろのろと、進んでいた。
防波堤に打ちつける土用波の波音だけが、かろうじて、夏の終りを予告していた。



突然、気まぐれな大波が防波堤を襲った。
波はすぐ引いたが、そのあとにクラゲとヒトデと二枚貝が、一匹ずつ、打ち上げられていた。



相変わらずの灼熱の太陽が、突然の大波で濡れた防波堤のコンクリートを、どんどん乾かしていった。防波堤に打ち上げられたクラゲとヒトデと二枚貝は、自分達を海に戻してくれる大波を待っていた。しかし、そのうち潮は干潮に入り、そのもくろみは絶望的になってしまった。



ふと、クラゲがつぶやいた。
「もう海へは戻れない。私は水の無い所では生きられない。間もなく死んでしまうだろう。私は、このまま死ぬことに未練はない。一匹のクラゲとしての一生を全うできた。もう悔いはない。だが、ひとつだけ悲しいことがある。私は、このまま死ぬと体が溶けて水になり、やがて、あとかたもなく消えてしまう。ところがヒトデさんは、死んでも乾くだけで体が残る。どんなに一生懸命生きても、クラゲは死ぬとすぐに消えてしまう。この世に生きた証が残る、ヒトデさんがうらやましい。」

ここでヒトデが口を開いた。
「クラゲさん。確かに私達ヒトデは、水の無い所で死ぬと、水分が抜けて乾き、ミイラ化した体が残ります。しかしミイラ化した体は、鳥や獣にさんざん突かれた挙句、ボロボロと腐っていくんです。死んだ後に体をいじくられる侮辱を受ける、私達ヒトデの方が辛いのです。その点、二枚貝は死んでも硬い殻が残る。ぶざまな死にざまをさらすことなく、この世に生きた証しが永遠に残る、二枚貝さんがうらやましい。」

今度は二枚貝が口を開いた。
「ヒトデさん。確かに私達二枚貝は、死んでも貝殻が残ります。しかし貝殻は私達の外側の部分であり、殻の内側にある本当の体は、死ぬとすぐに腐ってしまうのです。つまり、死んだ後は外側の殻だけで私達は見られ、評価されるのです。死んだ後に残った殻によって、私達は永遠に誤解されるのです。こんな辛いことはありません。死んだらすぐに消えてしまう、クラゲさんがうらやましい。」

クラゲもヒトデも二枚貝も、それっきり、しゃべろうとはしなかった。



やがて、クラゲもヒトデも二枚貝も、全く動かなくなった。
相変わらず、ギラギラした太陽が、防波堤に照りつけていた。


1991.8.21 宮原春萌
<『Crazy Garden #7』(Usen440:(株)大阪有線放送社、1991.8.29 / 9.5放送)>



●解説●
 これも大阪有線(Usen440)の『Crazy Garden』のために書いた脚本。(詳しくは「虎のバター」の解説を参照) この作品はそのうちの7本目で、1991年の8月29日と9月5日に放送された。
 今になって読み直すとさすがに表現の荒さが目立ち、恥ずかしい限り。タイトルの響きもよくない。だがストーリー的には十数年を経た今となっても通用すると自負しており、文字版として手直しし、機をみて再リリースするつもりである。

 なお『Crazy Garden』は音楽とストーリーのミックスという手法で作っていた番組であり、この作品では次の3曲を使用している。
   ・Perpetual Dawn / The Orb
   ・Pianonegro(long mix) / Pianonegro
   ・Info World / Model 500
 当時はジ・オーブの2枚組アルバム『The Orb's Adventures Beyond The Ultraworld』の衝撃がまだ冷めやらぬ頃。六本木WAVEの店頭に単独平積みで売られていたほど、日本でも売れまくっていた。元からアンビエント指向の強かったオレがコレにヤラレぬワケもなく、1年後の初来日公演(@東京パーン)も当然ながら行っている。(2004.5.3)



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