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不乱苦雑記 frank zakki fz5
「野球少年」

 意外に気付かれていないことだが、野球は監督が選手と同じユニフォームを着る唯一のスポーツだ。理由は簡単。野球の監督は選手と同じ、いや、選手以上に重要だからだ。監督がスーツを着てるようなスポーツと違い、野球は監督が第一のプレーヤー。草野球レベルならともかく、マジな野球では監督次第で試合が決まる。監督の采配がダメなら試合に勝てない。野球は恐ろしいスポーツだ。

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 今のオレを知る人は信じられないかもしれないが、オレは元々野球少年だった。小学校はソフトボール。中学は野球部。行った高校に軟式野球部しかなくて、“めざせ甲子園”ではなく“めざせ明石市営球場”になってしまったが、高校も野球部だった。

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 事のはじまりは監督の交代だった。
 長い間監督を務めていた名監督が引退。代わりに来たのはオタク風の小心者だった。采配の甲乙を問う以前に、ノックもロクに打てない、サインもロクに出せないというレベル。自信の無さの裏返しなのだろう。ソワソワしていて腰も据わっていない。しゃべる言葉にも一貫性がない。何にも増してリーダーシップに欠けている。名監督と比べるのは酷としても、この「オタク監督」は、誰がどう考えても監督の器ではなかった。誰が彼を監督にしたのか今もって不思議でならない。

 当然の如くチームは弱体化した。
 軟式とはいえ強豪揃う野球王国・神奈川県でもそれなりに強かった高校だった。2年先輩は県大会で優勝している。それが監督が代わってから全然勝てなくなった。1年先輩の時は既に初戦突破がやっとという所まで弱くなってしまった。チームワークも当然乱れる。選手の「飲酒問題」が発覚し、3ヶ月の対外試合禁止まで喰らってしまった。

 先輩達が引退しオレ達の代になっても、チームの凋落に歯止めはかからなかった。 実力のないオタク監督はサインの出し方の勉強すらせずに、相変わらず監督の座に居座っていた。 そんな状況が進むにつれ、オレの野球に対する情熱も、いつしか失われていってしまった。

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 高校2年の秋の時、腰を痛めて休部した。
 「野球とオンナのどちらを取るか?」
 医者に問われてオンナを取った。
 冬の部活は体力作り。トレーニングに明け暮れる。
 地味な練習にソッポを向いて、オレは遊びに明け暮れた。

 明けて春の地区大会。
 ノコノコ復帰したオレは、当然レギュラーを奪われた。
 そして試合は初戦敗け。
 大接戦の最終回。オレの代わりに出たヤツが、ただのフライをポトリと落球。
 ランナー帰って試合終了。

 試合後のベンチ。
 楽に勝てる試合を落とした落胆は大きかった。サヨナラエラーの代役君が泣きじゃくる。
 無言でなだめるチームメイト。
 確かに直接の敗因は代役君かもしれない。しかし、そこに至るまでに勝機はいくらでもあった。それをまずい攻撃でことごとくツブしてしまった。サインを相手に見破られ、試合中に2回も変えるドタバタもあった。
 普通にいけばコールド勝ちでも当然の相手。
 オタク監督の力量不足が敗因なのは、火を見るより明らかだった。

 長い沈黙。
 気まずい雰囲気。

 バシッ。
 事件は突然起きた。
 キャプテンがスコアブックをグランドに叩きつけたのだ。
 オタク監督の目の前で。
 そして何も言わずにひとりベンチから去っていった。
 普段は無口なキャプテンの、精一杯の抵抗だった。

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 その後オレがどうしたか、今では全く覚えていない。夏季大会を前にして、チームはあえなく分解してしまった。オレを含めて部員の半分は早々と引退。「最後の夏」は残った半分で戦ったはずだ。が、その結果すら記憶にない。

 オタク監督に嫌気がさして、腰痛を理由に部活をサボって遊んでいたオレ。不満を持ちつつもチームをまとめ練習を続け、最後にオタク監督に文句を言って去っていったキャプテン。その意識の差、行動の差に対する反省の念。記憶にあるのはそれだけだ。

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 つまらぬオレの過去話を長々と書いてしまって申し訳無い。

 この話は全て実際にあったことだ。
 だが、「野球」を政治・社会に、「オタク監督」を森総理大臣に、「チーム」を日本・日本人、「オレ」をアナタ自身に置き換えて、この話をもう一度読み直して欲しい。
 オレが何を言いたいか、たぶん分かってもらえるだろう。

 もちろんオレは「キャプテン」になるつもりだ。
 そろそろスコアブックも叩きつけたい。
 ただしチームを去る気はないが・・・。

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 あの事件で野球は捨てたつもりだった。だが、ガキの頃からの好きな思いは捨てられず、大学に入っても野球を続けた。真剣勝負とは無縁のサークル野球。野球というよりベースボール。だが、甲子園に行ったヤツとかリトルリーグで全国優勝したヤツとかがいて、レベルは高校より上だった。
 マジメにやる気には到底なれなかったが、野球の楽しさ、スポーツの楽しさは知ることが出来た。

 その後オトナになってから、「ベースボール」はしていない。


2000.10.23. 宮原 春萌(identity market 代表)
<「IM... identity market 26号」(2000.11.1.発行)より転載>

 

●解説●
 時と場所を行ったり来たり錯綜させるのが「不乱苦雑記」得意のスタイルだが、この回は珍しくそれを捨て素直に書いている。もちろんそれは最後に「比喩」として落とす効果を高めたいからである。その成否はともかく、素直に過去の出来事を綴っているぶん、全体的に読みやすい文章には仕上がっていると思う。
 「野球というよりベースボール」の前に「真剣勝負とは無縁の~」と書いてしまったのは、ちょっち言葉のオーバーラン。娯楽としてのスポーツを見下す精神主義野郎だと誤解されてしまったかな?(2004.2.24)

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